2045年4月26日(水曜日)

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文化

ライブ会場、無音席が標準装備に 聴覚補助の普及で興行設計変わる

触覚ベスト・字幕投影を前提化、座席単価と著作権処理も再編
2045年3月29日 5:00

東京・有明の次世代アリーナで今月開かれた人気歌手の公演では、客席後方の一角に「無音席」が常設された。場内スピーカー音を遮断し、来場者は座席に備えた触覚ベストと手元端末の歌詞・会話字幕で鑑賞する。聴覚過敏の来場者や補聴機器利用者向けの措置として始まったが、会場運営各社はこの区画を新たな標準設備と位置づけ始めた。音響技術の進歩そのものではなく、興行の座席設計と収益構造を変える動きとして広がっている。

背景にあるのは、補聴機器と個人向け感覚補助端末の普及だ。文化庁のメディア芸術・実演調査によると、触覚補助デバイス対応の実演公演は2044年度に全国で1万8200件と、5年前の3.6倍になった。65歳以上の来場者比率は42%に達し、老化抑制医療で活動年数が延びた世代の娯楽需要を押し上げている。外国人居住者向け多言語字幕との相性も良く、日英中3言語対応を標準にするアリーナも増えた。

会場側にとって無音席は福祉対応にとどまらない。大和ハウス系のDHエンターテインメントアリーナマネジメントは、触覚出力対応席の単価を通常席比12%高く設定しても稼働率が上回ると明かす。字幕・触覚信号の配信権を制作会社が別建てで管理するため、従来の音響監修費に加え「感覚演出権」の使用料が発生するようになった。ぴあ総研は、実演市場の付帯売上高のうち感覚補助関連が2044年に8.7%を占めたと試算する。

制度面でも整備が進む。文化庁と経済産業省は4月から、一定規模以上の常設会場に対し字幕送出用データの事前登録を求める「実演アクセシビリティ指針」を施行する。義務ではないが、補助金や興行保険の料率優遇と連動するため導入圧力は強い。日本音楽著作権協会(JASRAC)や実演家団体は、歌詞のリアルタイム表示や振動パターン化が二次利用に当たる範囲を詰め、昨年に包括許諾の新料率をまとめた。

しわ寄せもある。中小のライブハウスでは字幕制作や触覚データ整備の負担が重く、東京、大阪を除く地方では対応格差が目立つ。演出家の間では「振動や字幕が先に設計されると生身の即興性が削がれる」との反発も根強い。一方、無音席をきっかけに子ども連れや感覚過敏の観客が戻り、客層が広がったとの声も多い。興行は音を共有する場から、複数の知覚経路を束ねて同じ体験を売る産業へと性格を変えつつある。