大学図書館、閲覧席より『口述室』拡張 要約代行普及で引用訓練が再編
東京都内の私立大で、図書館の改装が静かに進んでいる。増えているのは閲覧席ではなく、学生が1人で文献を読み上げ、出典関係を口頭で説明するための「口述室」だ。早稲田大は今春、中央図書館の個人閲覧席を前年度比18%減らす一方、防音仕様の口述ブースを64室に倍増した。明治大、立命館大も同様の改修に踏み切った。論文作成で要約代行や文献整理の業務AI利用が定着し、大学側は「何を読んだか」より「どこから引用し、どう位置づけたか」を本人に説明させる方向に軸足を移している。
背景には、読書行為そのものの外部化がある。学生は論文や判例、統計書を端末に取り込み、要点抽出、先行研究整理、反対説の洗い出しまでを業務AI基盤で済ませる。文部科学省の大学学修実態調査によると、学部3年生の72%がレポート作成時に要約代行機能を常用し、全文を通読する文献数の中央値は月2.1本と、2020年代後半の半分近くに落ちた。一方で、出典誤認や二次引用の連鎖は増え、国公私立大で構成する大学情報教育連盟が集計した不適切引用の申告件数は2044年度に11万件と3年で1.8倍になった。
このため各大学は、従来の剽窃検知ソフト中心の対策から、口頭試問と引用監査を組み合わせた評価へ移る。慶応義塾大は2046年度入学者選抜の総合型で、事前提出レポートに加え「出典遡及面接」を全学部に広げる方針だ。学生は引用文1カ所ごとに、原典、参照経路、補助要約の使用有無を3分以内で説明する。九州大は卒業論文提出前に10分間の音声認証付き口述確認を義務化した。評価対象は暗記量ではなく、機械が作った整理結果に対して本人が責任を持てるかどうかにある。
影響は司書の仕事にも及ぶ。相模女子大では参考調査員の名称を「学術証跡ナビゲーター」に改め、文献検索支援より、引用経路の保存やアクセス権限の記録補完を主業務にした。丸善雄松堂、紀伊國屋書店など大学図書館受託大手は、蔵書管理システムに音声試問ログと閲覧履歴の照合機能を追加し、監査対応を収益源に育てる。図書館用品でも、防音材、指向性マイク、口述採点用の学内閉域ソフトの需要が伸び、日本図書館設備協会によると関連市場は2044年度に前年度比29%増の870億円に達した。
もっとも、口述重視には異論もある。吃音や日本語運用に不安を持つ留学生には不利との指摘が強く、東京外国語大や立命館アジア太平洋大は、音声に加えて多言語字幕生成や図式説明を認める代替審査を導入した。障害学生支援団体は「説明責任の可視化は必要だが、話し方の流暢さが学力評価にすり替わる」と警戒する。大学側も、口述室の拡張だけで学修の実質が戻るわけではないとみる。読解の一部を機械に委ねる時代に、図書館は蔵書の置き場から、知識の来歴を本人に引き受けさせる訓練の場へと役割を変え始めた。