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文化

図書館の『静読席』縮小、無臭区画が拡大 嗅覚補助普及で選書行動に変化

新刊より保存状態が集客力左右、出版・建材・書店に波及
2045年4月14日 5:00

東京都千代田区の日比谷情報文化館では今春、4階閲覧室の改修で従来の静読席を82席から54席に減らす一方、空調を独立させた「無臭閲覧区画」を新設した。紙資料の劣化臭や接着剤臭を抑えるため、活性炭フィルターと低放散素材の什器を組み合わせた空間だ。利用予約の7割を50歳以上が占める。背景にあるのは、嗅覚補助端末の普及で、紙や建材の微弱なにおいを以前より強く知覚する利用者が増えたことだ。

国立国会図書館関西館による2044年度の来館者調査では、資料の閲覧中断理由として「においによる不快」を挙げた比率が18%と、5年前の6%から3倍に高まった。視覚や聴覚の補助に比べ、嗅覚補助は後発だったが、老化抑制医療の普及で高齢就労者の外出機会が増えたこともあり、日常利用が急速に広がった。図書館では長らく照度、静音、温湿度が快適性の指標だったが、ここに臭気管理が加わった格好だ。

変化は蔵書構成にも及ぶ。横浜市立中央図書館は2039年以降に受け入れた新刊本のうち、館内閲覧用の約6割を低臭インク仕様に切り替えた。装丁材やラミネートの選定基準を見直し、寄贈本も内容だけでなく「臭気等級」で受け入れ区分を分ける。保存状態が悪い郷土資料はデジタル複製を優先し、原本は無臭化処理後に限定公開とする運用に改めた。選書が内容価値だけでなく、閲覧環境コストを含む調達実務へ変質している。

民間でも対応が進む。紀伊国屋書店ホールディングスは今月、首都圏12店舗で「無臭棚」認証を始めた。新刊の初期陳列を低放散接着剤の棚に限定し、開封直後の印刷臭が強い海外版は密閉展示へ切り替える。大日本印刷とTOPPANホールディングスは、図書館・書店向けに植物由来インクと低臭コート紙を組み合わせた業務用パッケージを拡販する。書籍の競争軸に、価格や装丁に加え「滞在可能性」が加わりつつある。

一方で、過度な無臭化が資料保存や文化財の真正性を損なうとの懸念も根強い。日本図書館協会は今月公表した指針案で、史資料の脱臭処理について「可逆性の確保」と「化学的履歴の記録」を義務づけるべきだとした。古書業界では、経年臭も含めて商品価値とみる立場が強い。閲覧空間の快適化と資料そのものの歴史性をどう両立させるか。図書館は静かで明るいだけの施設ではなく、感覚補助時代の公共空間として再設計を迫られている。