社食委託、献立数より『嚥下段差』開示 多世代職場で配属設計に波及
東京・品川のソニーグローバルソリューションズ本社では今春、社員食堂の週替わりメニュー表に「嚥下段差指数」が並ぶようになった。常食、軟菜、きざみ、ゼリー寄せまで食形態ごとの移行幅を数値化し、同じ献立群の中でどこまで無理なく選べるかを示す。対象は高齢社員だけではない。口腔機能が揺らぎやすい治療中の社員や外国人材の家族帯同者の利用も想定する。食堂運営を担うエームサービスは「献立の豪華さより、食べる能力の変動に追随できるかが契約条件になった」と話す。
背景には、長寿化と就労長期化で企業内の「食べられる前提」が崩れたことがある。厚生労働省の就労実態調査によると、65歳以上就業者は3320万人と10年前比で3割増えた。一方、老化抑制医療の普及で外見年齢と身体機能の差が広がり、同じ部署でも会食や社食の利用制約を周囲が把握しにくい。福利厚生の不備が配置転換や出社回帰の障害になる例が増え、日本経団連がまとめた企業アンケートでは、食事提供体制を理由に高年齢専門職の常勤復帰を見送った企業が28%に達した。
このため企業は、社食を単なる補助給食ではなく就労継続インフラとして見直し始めた。日立製作所は2044年度から国内16拠点で社食委託契約を改定し、献立数や原価率に加えて「食形態連続提供率」を評価項目に採用した。常食利用者が体調変化時に追加面談なしで別形態へ移れる比率を示す指標で、年度平均92%以上を委託先に求める。パナソニックコネクトや第一生命ホールディングスも同様の仕様を導入し、人事部門が産業医と連携して配属先ごとの昼食対応能力を点検する体制に移している。
波及先は採用と配置だ。BPO大手のパーソル・ワークスデザインは、60歳超の再雇用人材を受け入れる拠点選定で、通勤時間や段差解消に加え、社内外で30分圏内に複数食形態を確保できるかを判定基準に加えた。工場や物流施設では昼休憩が短く、外食代替が効きにくいためだ。味の素社食総研の調査では、製造業の事業所新設案件のうち34%が食堂の嚥下対応力を立地評価に組み込んだ。これに対応し、給食大手グリーンハウスは軟菜対応の半製品を共通化し、地方工場向けに冷凍配送網を再編した。
企業側にはコスト増も重い。食形態を細分化すると仕込み工程、表示、誤提供防止の確認作業が増え、1食あたり原価は常食専用より12〜18%上がる。だが人材流出コストと比べれば安いとの見方が広がる。三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、口腔機能配慮の不足で週3日出社が困難になった高技能社員1人の生産損失を年178万円と試算する。福利厚生費ではなく就労維持投資として資本化すべきだとの議論も出ており、社食受託各社のIR資料では今期から「継続就労支援売上」を独立表示する動きが目立つ。
もっとも、食形態情報の扱いには慎重論もある。労働組合は、嚥下や咀嚼の弱さが昇格や配置の回避理由として使われれば新たな健康選別につながると警戒する。厚労省は今月、事業者向けQ&Aで「食堂提供情報は就労支援目的に限り、本人同意なく人事評価へ転用してはならない」と明記した。社食の指標化は、高齢就労社会の細部が企業運営を変え始めたことを示す。ただ、支える仕組みが選別の道具に変わるかどうかは、これからの制度設計にかかっている。