保育園送迎、居住地より『受渡し権』 流動家族時代で通園契約が再編
東京都足立区の認可保育所では、この春から園児の引き渡し画面に「続柄」は表示されない。代わりに並ぶのは、時間帯別の受渡し権限と健康申告の提出状況だ。朝は同じマンションの見守りワーカー、夕方は非同居の祖母、発熱時は病児搬送契約先――。職員が確認するのは家族関係ではなく、その時点で誰に何の権限があるかになった。長寿単身、離婚・再婚、多国籍世帯、親の広域就労が重なり、保育現場の実務は「親が迎えに来る」前提を外し始めている。
こども家庭庁がまとめた保育DX実装調査によると、三大都市圏の認可施設で、園児1人あたりの月間迎え手登録人数は2040年度の2.1人から44年度に3.8人へ増えた。うち同居親は58%にとどまり、非同居親族、近隣有償支援者、企業契約の送迎代行が補完する。背景には共働きの定着だけでなく、就労地と居住地の分離がある。リニア開業区間や広域生活圏の拡大で、親が日常的に県境を越えて働き、迎えだけ別の担い手に委ねる例が増えた。
制度面でも動く。横浜市、福岡市、さいたま市など19自治体は4月、保育施設向けの「受渡し権共通API」の共同調達に入った。住民基本台帳の付随情報、企業の就労証明、医療機関の感染症通知、送迎事業者の本人確認を接続し、施設ごとに異なっていた迎え許可の判断を標準化する。事故や連れ去りを防ぐ狙いだが、実際には保育士の事務負担削減が大きい。都内大手社会福祉法人の試算では、職員の電話確認と紙台帳更新は園児100人規模で月62時間に達していた。
民間市場も広がる。ベネッセ保育システムズ、パナソニック コネクト、セコム生活圏サービスは、保育施設向けに時間限定の受渡しトークンを発行する統合端末を投入した。トークンはデジタル円口座や自治体IDとは切り離し、家庭内端末での承認を原則とする。保護者の勤務先が費用を負担する例も増え、送迎手配は福利厚生の一部になりつつある。人材確保のため、三井住友海上火災保険や東京海上日動火災保険は企業向け団体保険に『保育受渡し事故特約』を加えた。
一方で、家族の定義をコード化することへの反発は根強い。立憲国民党は国会で、受渡し権データが事実上の家族台帳として流用される懸念を指摘した。DV被害者支援団体も、加害親族が権限申請の履歴から居場所や生活時間帯を推測する危険性を訴える。こども家庭庁は保存期間を最長90日、閲覧権限を施設管理者と指定監査担当に限定する指針案を示したが、自治体ごとの差は残る。利便性の向上が、関係の見える化と表裏一体で進んでいる。
保育の論点は定員や保育料だけではなくなった。誰が育てるかより、誰がどの瞬間に責任を引き受けるか。その単位で制度を組み替える局面に入っている。送迎は周辺業務とみられてきたが、人口減少下で就労継続率を左右する基盤でもある。厚生労働省系シンクタンクの推計では、送迎不全による短時間離職の抑制効果は年間11.2万人分の労働供給に相当する。保育所の玄関で起きている認証の再設計は、家族像より先に労働市場を変え始めた。