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経済

住宅改修、浴室より『通信遮蔽室』 高齢就労の面談需要で内装市場に新軸

在宅の評価・労務面談が私生活と競合、防音材と電波制御材の受注増
2045年4月21日 5:00

東京都板橋区の築32年マンション。内装会社の職人が手を入れていたのは手すりでも段差解消でもない。6平方メートルほどの納戸に、吸音パネルと電波減衰フィルム、指向性マイクを組み込んだ小部屋を設ける工事だ。発注したのは71歳のシステム監査人、林和男氏。在宅で週4日働くが、月次の査定面談やコンプライアンス聴取のたびに「家族の会話や見守り端末の通知音が入る」と感じていたという。工費は68万円。浴室改修を先送りしても先に整えた。

背景にあるのは、長寿就労と在宅常態化の組み合わせだ。厚生労働省の就業構造補完調査によると、65歳以上就業者のうち在宅を含む知的業務従事者は2044年に412万人と、2030年代初頭比で1.8倍に増えた。一方、企業側では評価面談、内部通報聴取、顧客情報を扱う説明業務などを自宅で実施する機会が増え、私生活音や家庭内端末の誤作動が情報管理上の新たなリスクとして浮上した。住宅改修の需要は介護対応から、就労継続のための秘匿性確保へ広がっている。

大和ハウスリフォーム、LIXILリニューアル、積水ホームテクノは今春、相次いで『在宅機密区画』商品を投入した。価格帯は簡易施工型で45万〜80万円、本格型で120万円前後。従来の防音室と異なり、外部通信を完全遮断するのではなく、会社指定の閉域回線だけを通し、家庭内機器との接続を切り分ける設計が主流だ。電波制御材やドア下気密材を扱う中堅建材メーカーの受注は3割前後増え、楽器向け防音材メーカーまで参入し始めた。

制度面でも後押しが出ている。経済産業省は3月、在宅就労設備導入促進事業の対象に『評価・聴取等に必要な閉域性確保工事』を追加した。中小企業が従業員宅の改修費を補助する場合、1戸当たり上限25万円を税額控除対象とする。金融機関も反応し、三井住友信託銀行や住信SBIネット信託はリフォームローンの商品説明で、バリアフリー、断熱に続く第三の用途として機密区画整備を明記した。改修の稟議で「介護」と「就労」が並ぶ光景が珍しくなくなっている。

波及は意外な領域にも及ぶ。中古マンション仲介では、間取り図に『遮音等級』『宅内閉域配線有無』を併記する事例が首都圏で広がる。東急リバブル総研によると、首都圏中古成約のうち機密区画付き住戸は、同条件比で平均4.6%高く成約した。特に単身高齢者や共働き世帯で評価が高い。従来は書斎付き住戸が上位だったが、今は何を置けるかより、家庭内の音・映像・通信をどこまで分離できるかが価格差を生む。家事機器向けの待機室とは別に、人が秘密を扱うための空間が再評価されている。

もっとも課題もある。労働組合側は、企業が改修費の一部を負担する見返りに、住居内の利用ルールへ関与を強める懸念を示す。総務省も集合住宅での電波減衰工事が防災通信や共用部センサーに与える影響を調べている。高齢就労を支える住環境整備は、単なる内装需要では終わらない。人口減少下で自宅が介護、休養、就労、資産保全の機能を同時に担うなか、住宅市場は『広さ』でも『立地』でもない第四の軸として、秘匿性の設計を織り込み始めた。