人事評価、成果より『訂正責任者』 業務AI前提で昇進枠が再設計
大和証券グループ本社の人事部門ではこの春、課長昇格審査の評価票から「資料作成件数」と「会議同席回数」の比重を大きく下げた。代わって新設したのが「訂正責任者指数」だ。業務AIが作成した稟議案や顧客提案書、社内規程案について、誰が最終的な誤り訂正と差し戻し判断を担ったかを記録し、昇格要件に組み込む。若手の定型業務が細り、従来のOJTで見えていた力量差を測れなくなったことが背景にある。
人事コンサルティング大手のリンクアンドモチベーション総研によると、上場企業の31%が2044年度に管理職評価へ「AI出力の修正履歴」を反映した。2038年度の7%から急増した。特に金融、製薬、重工で導入が進み、誤りを出さない能力よりも、誤りが混じる前提で論点を絞り、説明可能な形で修正責任を負う力を問う。人事制度の軸が、処理量や発案数から「最終署名の妥当性」に移りつつある。
背景には、企業内で初級職の経験機会が急減した事情がある。経済産業省の就業構造点検調査では、25〜34歳のホワイトカラー就業者が担当する初稿作成業務の時間は2020年代比で62%減った。一方で、部長級以上が差し戻しや再確認に充てる時間は2036年比で1.8倍に増えた。下積みの縮小が、管理職候補の育成不足と上位層の過重な確認負担を同時に招いている。訂正責任の可視化は、その穴を制度で埋める試みといえる。
企業側の運用は具体化している。日立製作所は4月から国内主要事業所で「レッドライン権限」を導入し、設計・調達・法務の各部門でAI起案文書を止める権限者を職位横断で指定した。ファーストリテイリングも海外調達契約で、交渉担当とは別に「条項修正責任者」を置く。いずれも高い生成能力を持つ人材より、誤記や逸脱を発見した際に工程を止め、対外説明まで引き受ける人材を厚遇する。賞与の連動項目に加える企業も出てきた。
制度変更は採用にも波及する。パーソルキャリアの集計では、3月の中途求人票で「訂正・監査・差し戻し」を職務欄に明記した案件は前年同月比42%増えた。年収帯は900万〜1500万円が中心で、従来の企画職や資料作成能力より、監督履歴や事故後の是正経験を問う傾向が強い。反対に新卒採用では、失敗を含む実務経験を積みにくいため、大学や専門職大学院と連携した模擬是正演習を選考に使う企業が増えている。
もっとも、副作用も小さくない。評価が『最後に直した人』へ集中すれば、現場の挑戦回避や、責任者への権限過度集中を招くとの指摘がある。立命館大学の西崎真理教授は「訂正責任を評価軸にするのは合理的だが、訂正可能な環境を整えなければ、若手は永遠に署名権限へ近づけない」と話す。厚生労働省は今夏、AI前提職場での職務設計指針を改定し、修正権限の付与条件や訓練記録の標準様式を示す方針だ。企業にとって人材不足の本質は、作る人ではなく、止めて直せる人の不足に移っている。