市民マラソン、給水所より『本人出走枠』 代理走行対策で大会運営が再設計
東京都内で今秋開く「東京ベイシティマラソン」は、参加案内から給水計画の記載を1ページ減らす一方、本人確認手順を3ページ増やした。前日受付では顔認証に加え、歩容、心拍変動、装着端末の過去30日分の運動署名を照合する。主催者が重視するのは完走支援ではなく、出走者が本当に登録本人かどうかだ。市民レースの運営実務は、競技支援から認証管理へ軸足を移しつつある。
背景にあるのは、市民マラソンの参加権が単なる娯楽ではなく、就労・保険・医療評価と結びつき始めたことだ。企業健保や再配置保険では、フルマラソンや長距離イベントの完走履歴を健康指標の補足資料として任意提出できる商品が増えた。老化抑制医療の普及で60代後半から70代前半の参加者が厚みを増し、人気大会では参加料が3万〜8万円、企業協賛枠は1口120万円前後まで上がる。権利の転売や代理走行を誘う土壌が広がっていた。
日本ロードレース協会によると、国内主要58大会で確認された不正出走の疑義件数は2042年の412件から44年は1389件に増えた。外国人居住者の増加に伴う名義貸しの多言語仲介、企業福利厚生枠の転売、老化抑制治療中の運動制限回避など、態様は多様化している。完走タイムの不自然な変動だけでは判定できず、主催者はレース中継より本人照合システムへの投資を優先するようになった。
運営会社のゼンスポーツソリューションズは44年から、スタートブロック入場時に「動的本人証明」を導入した。静止画像ではなく、その場で指示した腕振りや片脚荷重に対する応答を読み取り、受付時データと照合する仕組みだ。導入済み12大会では、認証機材や監査要員の費用が参加者1人あたり平均1780円増えた半面、保険料率は2割下がった。大会スポンサーにとっても、記録の信頼性が広告価値の前提になっている。
影響は周辺産業にも及ぶ。スポーツ用品各社はシューズやウェアの軽量化より、認証を阻害しない設計を売りにする。アシックスは今月、足首周辺の反射材配置を歩容識別向けに最適化した市民レース専用品を発売した。ミズノは胸部センサーの電波干渉を抑える大会公認シャツを展開する。記録計測会社でも、タイムチップ単体の受注は伸び悩み、本人照合と一体の運営受託が主力になった。
もっとも、監視の強化には反発もある。市民スポーツ全国連絡会は、運動署名の提出が高齢者や端末非保有者を排除しかねないと指摘する。観光庁も地方大会について、交流人口拡大を目的とするイベントに大都市並みの認証義務を課せば参加減を招くとみる。このためスポーツ庁は5月にも、賞金・保険連動の有無や参加料水準に応じて確認水準を3段階に分ける「公認市民競走本人確認指針」を公表する。健康寿命を競う時代に、市民レースは開かれた催しと厳格な証明の両立を迫られている。